つぶやき 2002年  

腕前は... 12/19
花追い人さんのエッセイ「腕前はアマチュア級」を読んで、
その内容が、私がいつも絵について感じていることと、あまりにぴったりなので驚いた。
その後、これは写真や絵画といった特定の分野に限ったことではないことに思い至った。
絵について言えば、
プロの作品とは、当然「売れる」絵のことである。
一番身近にあるプロの作品は、街角の画廊やデパートのギフトコーナーにある絵、新築祝いなどに贈る数万円の作品だ。
これがいただけない。
確かに色彩的には美しいが、それだけである。
ほとんどの絵が何の感動もなく、5分も眺めていたら、飽きてしまう。
作家のメッセジーが込められていないからだ。
自分の家の居間に飾るなんて、とても我慢できない。
昨年から描き始めた私の絵仲間の作品の方が、遙かに味わいがある。
プロで、描きたい絵だけを描いて生活できる人は、数えられる程ではないだろうか。
日曜画家(それも月一程度)の私の絵の腕前は、もちろんアマチュア級。
でも、楽しく、描きたい時に描きたいもの描けるのは、至福の時である。
誰の為でもない私だけの貴重な時間。

作家と出会う  12/4
今、辻 仁成さんの「世界は幻なんかじゃない」を読んでいる。
読む本が無くなって、古本屋へ入ったとき、彼の名前が目についた。
瀬戸内寂聴さんがエッセイの中で、辻さんを気持ちのいい青年だ、と書いてみえたのを思い出し、
「僕はそこにいた」を購入。
自分の気持ちをキチンと伝えたい、という執筆の姿勢が心地よい文章だった。
以来、何冊か彼の作品を読んでいる。

限りある人生の貴重な時間を費やして、何を読むかは、かなり重要な問題だと思う。
信頼できる書き手をみつけると、その人の作品ばかり読んでしまう。
新聞の書評なども参考にするが、これはと思う本に出会えるのは、年に2・3冊だろうか。

入院 11/9
11月1日から今日9日まで、「気胸」で入院してしまいました。

人間ドックで気胸と診断され、 11月1日、自宅近くの病院で受診。
「トロッカーを入れ、肺から漏れた空気を吸引します、肺が元の大きさに戻り5日くらいで空いた穴が塞がるはずです。
もし、塞がらなかったら手術が必要になります。
では、入院の手続きをします。」
と言われ、あっと言う間に、車椅子で病室へ連れて行かれてしまいました。
家へ電話して 、必要なものを届けてもらった時には、すでに処置は終わっており、
私は、肺にチューブが入り、吸引器に繋がれてしまっていました。
これから24時間が大変。
呼吸をしても痛く、痛み止めの性かもしれませんが、洗面所で倒れてしまい、壁で額を打ってしまいました。
吐き気がして冷や汗は出るし、 散々でした。

その後も、動くたびトロッカーの入っている部分は痛み、一晩眠れない夜がありました。
なんといっても、寝返りをうてないことが辛く、横になったときの自分自身の体の重さを身に染みて実感しました。
少し調子がいいと、今度は時間を持て余してしまいます。
息子が貸してくれた「相対性理論を楽しむ本」を読みながら、
うん、確かに時間の流れは一定ではない、などと考えていました。
(意味が、全然違いますが)

今回は、順調に回復し退院してきましたが、気胸になった時期からいって、
「月経随伴性気胸」の可能性もあり、ちょっと不安は残ります。

丈夫が取り柄で入院経験の無かった私ですが、
今回のことで、病気の方のこと、家族、病院、そこで働く方々、医療を取り巻く環境などについて、
これまでとは少し違った角度から考えることができました。
自分が看病する側になったときも、この経験は生きてくると思います。

健康に感謝!

一体感  10/8
先日、バイオリン・フルート・ピアノのミニコンサートを聞く機会があった。
50名ほどの観客のすぐ目の前で演奏が行われ、演奏者の息づかいまで聞こえてくるようなコンサートであった。
正直言って、私にとって音楽というのは苦手なジャンル。
ピアノ、ギターをかじったことがあるが、挫折している。
演奏の善し悪しも、よく分からない。
ただ、バイオリン奏者の立ち姿に圧倒された。
演奏者とバイオリンが一体となり、美しい音色を紡ぎ出してゆく、ひとつの楽器のようだ。
美しい、絵にしたい、と思った。

そして、絵を教えていただいている先生の描かれる姿を思い出した。
絵筆が、描き手の一部でもあるかのように、美しい画面を創り出していく。

何かに打ち込んでいる人の姿は美しいと思う。

描けない理由 9/12
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油絵を描いている知人に久方ぶりに出会った。
「描いてる?」って聞いたら、
「描けない理由ばかり探してますよ。」 って言われた。
それで思い出した。
以前、なかなか筆の進まない彼に、
「描けない理由なんて、五万とあるんだから、そんこと言ってたら、いつまでたっても何も描けないよ。」
って、生意気なことを言ったんだと。
それは、自分自身に言い聞かせるつもりの言葉だった。
他人に言ってしまえば、その言葉への責任から、自分自身の逃げ道を塞げるのではないかと。
どんなことでも、出来ない理由を探せば、いくらでも出てくる。
だけど・・・・・

たまにカワイイ  9/9
何の話をしていた時だろう、同い年の同僚に「たまにとってもカワイク見える」と言われた。
いつもすっぴんで、口紅を薄く付けているだけなので、化粧の乗りが良いわけではない。
他人の目にも、そう見えるんだ、と、妙に納得してしまった。
( 美人?不美人? 3/19 ↓ 参照)
そのときは、全然カワイクなかったと思う。

ノンフィクション 8/31
SFを読まなくなったのはいつからだろう?
気が付くと、柳田邦男さん、沢木耕太郎さんなどのノンフィクションばかり読んでいた。
いわゆる小説は、絵空事で読む価値がないような気がした。
しかし、最近は、ノンフィクションと言えど、その文章は書き手の目を、心を通過したものであり、
優れた作品であればあるほど、書き手がいくら私情を抑えて書いたものでも、
書き手の人間性が出ているのが、分かるようになった。
そして、小説も少しずつ読むようになった。
それにしても、質の高いノンフィクションが読みたい。

SF 8/25
SFとの出会いは小学校5年生(それ以前に読んでいた童話「人魚姫」などもSFと言えなくもないかもしれないが)。
学校図書館の子供むけの全集を、片端から読んでいった。
「タイムマシン」「地底旅行」「火星人襲来」......
中学に入り2年のとき、国語の先生からアシモフの「銀河帝国の興亡」シリーズをお借りし、夢中になる。
「宇宙気流」「鋼鉄都市」「われはロッボト」....
クラーク、ハインライン、ニーヴン...中でもレイ・ブラッドベリの作品が好きだった。
中学、高校とSFばかり読んでいたような気がする。
外国の作家の作品を読み尽くしてから、やっと、光瀬龍、眉村卓など日本人作家のものを手にした。
雑誌「SFマガジン」で、その年のSF大会が名古屋で開催されるのを知り、
友人と出かけ、栗本薫さんと車座になってお話しさせていただいた。
何を話したのか覚えていないが、若き日の貴重な一コマだ。
同じ雑誌で知り合った者で、手作りの同人誌まがいのものを1冊だけ作った。
そのときのペンネームが、杉山零。
というわけで、いまだに私のハンドルネームは、れい。
四半世紀の付き合いだ。

シネマ  8/22
車で15分ほどのところにシネコンができ、夜8時以降のレイトショー(1000円)を利用し、映画をよく見るようになった。
少しだけ生活の幅が広がったようで、うれしい。
6月以降に見たものをお勧め順に並べてみました。
1 スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃 ・・・ ほぼ期待どおり、映像に満足。
2 タイムマシン ・・・ ストーリーの展開がスムーズで飽きさせない。思わぬ拾い物といった感じ。
3 トータル・フィアーズ ・・・ アクションなのに、展開が重い。
4 少林サッカー ・・・ B級映画ですから、こんなとこかな。
5 メン・イン・ブラック2 ・・・ はずれ!こういう映画があるので、1800円払って見る気になれない。

38度線 7/30
2泊3日で、2度目のソウルを訪れた。
午後出発の朝帰りだったので、ゆっくりできたのは中の1日だけだったが、
今回訪れたうち、一番印象に残ったのが、オドゥサン展望台と自由の橋だった。
1953年以来、北朝鮮と休戦中である韓国は、未だ戦時下の国であり、徴兵制がしかれている。
19歳〜29歳の男性には26ケ月の兵役の義務があり、
日本人が普段あまり考えることのない”平和”について考えてみなくてはいけない、という想いがした。
韓国では、”良心に ともなう 兵役拒否者”が毎年600人余あり、自ら監獄行きを選択している。
韓国の若者たちは、自らの兵役を通して、日本人より、国家というものについてより深い考察をせざるを得ないのではないだろうか。

生き方 7/18
昨日は、”悲しかった”で終わってしまったので、”元気です”まで続けます。

結婚当初は、良き妻、良き母、良き嫁にならなくては、と出来ないなりにがんばってみた。
35歳まで農業1本だった義父は、先行きを心配し、勤めに出た。
しかし、嫁である私には、仕事を辞めて、農家を継いで欲しいようだった。
だから、休みも全てではないが、畑仕事もした。
仕事も、今のように週休2日ではないし、我ながら、まあよくやった方だと思う。
仕事の帰り、車を運転中居眠りしてしまい、堤防から落ちそうになったこともある。
車が傾いたので、びっくりして目が覚めた。

だけど、子どもたちが小学校に入学した頃から、考え方を変えた。
自分自身のために、生きていくことにした。
義父母は、まだ何十年も健在そうだし、このままでは私がわたしである時間が無くなってしまうと思ったから。
手始めに、日本画を再開し、ほとんど家を空けなっかたのを改め、自分のために出かけるようにした。
義父も退職し、私に農業をやらせるのは諦めたようだ。

今は、子どもたちも手が離れ、老後に備え、健康管理のためスポーツクラブへも行きはじめた。
PCという楽しみも見つけ、かなり充実した日々である。
この先、どう転ぶか分からないが、今は元気です。

生き物 7/17
掲示板に、ほぼ同時に、アリスさんから新しい家族が増えた、とのお便りが、
ブルパパさんから大切な家族が逝ってしまった、とのおたよりが届けられた。(どちらもワンちゃんです)

私が小さな子どもだった頃、家には犬や鶏(これは家畜ですが)おり、
その後は家族みんなで造った1m四方の鳥小屋に、何羽かセキセイインコを飼っていた。
九官鳥が居たこともあり、止まり木を往復しながら、母と同じ声で「九〜ちゃん、九〜ちゃん」とうれしそうに鳴いていた。

結婚後は、子どもが小さかった頃、屋台の金魚やカブトムシを飼ったことがあるくらいだ。
子どもに、小さな生き物のいとおしさを教えたいとは思ったのだが、
はっきり言って、生活に(というか仕事に)追われて、動物の世話までしたのでは、自分が参ってしまうと思った。
子どもに、犬飼いたい?と聞いても、大変だからいい、という答えが返ってきた。
私が、毎日、余程カリカリしていたのだろう。
今のような育児休業制度もなかったので、出産後は8週間の休みしかなく、同居する義母に幼い双子を託して出勤した。
うちは農家なので、託された義母も、大変だったとは思う。
しかし、私も、疲れて帰ってきて夕食の支度をしながら、
なんでこんなに疲れ果てているんだろう?と何度もほんとに泣いていた。
夫(父親)の存在は、ほんとに希薄だった。
それが、尚更悲しかった。(今はもう、どうでもいい、諦めたので相手にしない)

なんだか、とりとめもないことばかり思い出してしまった。

天才 5/12
1週間ほど前の朝日新聞に、中田英寿とイチローの活躍触れた記事があり、
天才とは、 才能があり、
なおかつ、その自分の才能を信じて、それを高めるため努力できる、という
もう一つの才能を持った一握りの人だ、というものだった。
才能のない私が努力を怠れば、凡人以下ということだ。
自分を信じる、
私は信ずるに足る人間だろうか?
自分が信じなくて、いったい誰が信じてくれるだろう。

一番好きな季節4/9
桜が開花し、木々の緑が日増しに輝きを増してくる春、私の一番好きな季節。
この10日間ぐらいに大地が生きていることを実感する。
萌葱色は、わたしの一番好きな色。
持っている日本画の絵の具の4割ぐらいを緑系統の色が占めている。
新緑と残雪の山は、まだまだ描きたいテーマだ。

子離れ 4/7
今年は春の訪れが早く、桜はもう葉が茂り、初夏の装いだ。
この春から大学へ入学した息子が、ひとり暮らしを始めるので、
昨日、わずかばかりの荷物と一緒に、金沢まで行って来た。
息子と夫と3人で、夜遅くまでかかって、なんとか生活できるようにし、夫婦2人で帰ってきた。
今日は入学式、真新しい背広姿で、元気に出かけて行ったことだろう。
主の居なくなった彼の部屋が、ガランとして残された。
なんだか私の心のような気がする。
子どもを育てながら、私も成長させてもらった。
ありがとう。

美人?不美人?3/19
朝起きて、鏡で自分の顔を見る。
ごく、たまにだが、私も結構いけるジャン、って思うことがある。
まったく反対に、私ってこんなにブスだったのかしら、と悲しくなるときがある。
これって、なぜだろう?

卒業式 3/2
昨日、息子の高校の卒業式に出席した。
あっという間の3年だったような気がする。
式の開始前、コーラス部員の歌声が式場に響き渉っただけで、胸がじ〜んとしてしまった。
ブラスバンドの演奏に合わせて卒業生の入場、音が迫ってくる。
列席者一人一人の様々な想いを飲み込み、式が進行する。
時は、正確に過ぎてゆき、今日の次には明日がやってくる。
しかし、区切りとなる時がある。
双子のもう一人の式には、夫が出席した。
同じように式は進行しているのだろう。
日本中で、それぞれの思いを胸に高校生が巣立っていった。

お勧め作品 2/17
個人的に気に入っている作品を、何冊かあげてみたいと思います。
ノンフィクション  
深夜特急沢木耕太郎 
チェーンスモーキング沢木耕太郎フィーリングが合うというか、沢木さんの作品はどれも気に入っており、殆ど全作読んでます。
空白の天気図柳田邦男 
ガン回廊の朝柳田邦男 
犠牲 サクリファイス柳田邦男柳田さんの事象に対するスタンスには、ひとりの人間という立場を越えた普遍性を感じます。
ミカドの肖像猪瀬直樹 
北里大学病院24時足立倫行 
マスードの戦い長倉洋海マスード将軍が生きていたら、アフガン情勢はもっと違ったものになっていたことでしょう。
サイゴンの一番長い日近藤紘一 
スローカーブをもう一球山際淳司 
メディアの興亡杉山隆男 
長い命のために早瀬圭一 
東京湾に原発を広瀬 隆賛成できない部分もありますが。
岳物語椎名 誠 
たった一人の生還佐野三治 
シドニー村上春樹 ↓2001年 参照
将棋の子大崎善生 
フィクション  
李歐高村 薫高村さんの描く男性は、萩尾素都さんの描く男性と似ているような気がする。
竜は眠る宮部みゆき 
ノルウェイの森村上春樹 
ホワイトアウト真保裕一 

世代 2/10
ついこの前まで、私の周りは自分より年上の方ばかりだった。
職場でも、地域でも若手だったので、せっせと動いたし、先輩方にには何かとアドバイスをいただき、成長させてもらった。
ところが、ふと周りを見渡すと、自分より若い人しか居ないときがある。
ごく当たり前の成り行きなのだが、ちょっとショックだった。
ebibsのオフ会に参加させていただいたときも、若い方ばかりで、その若さが眩しかった。
(でも、想像していたとおり、素敵な方ばかりで、そんなこと関係なく、楽しいひとときを過ごさせていただきました。)
職場でも、年齢、立場からも、かつて自分が年上の方から受け継いだものを、伝えていくべき時期になっている。
押しつけになっては伝わらないし、若い人が、私から何かを学びたいと思ってくれる自信もない。
この自信のなさが、いけないと思う。
生き生きと、暮らしていれば、参考にしてくれる人も現れるだろう。

園芸講座 1/20
メールマガジンで知った園芸講座を、実家の母と受講した。
笠松町の片桐園芸さん、まだ若いご主人が定期的に講座を開いてみえるそうだ。
日々の仕事に追われるだけでなく、何か自分から仕掛けてやろう、と働いてみえる方を見ていると、とても気持ちがいい。
私も、何が出来るか考えてみようと思った。
寄せ植え こけ玉

お通夜 1/12
スポーツクラブで、一緒にクロールの練習をしていたHさんが急に亡くなられ、お通夜にいかせていただいた。
10日前には、元気に泳いでみえ、今日は、この5日に孫と並んでうれしそうに笑ってみえる写真を見せていただいた。
体中、悪いところばかり、と言いつつも、いつも笑顔の絶えない方だった。
未だに、信じられない思いだ。
67歳、父が亡くなった歳と同じだった。
父のことを、いろいろ思い出した。
お父さん、ごめん、あなたのこと、しばらく思い出していなかった。

新年 2002/1/1
元旦の朝は、例年、初日の出を見に木曽川の堤防に上る。
7時近くになると、日の出前の太陽の光が地平線から漏れ始める。
伊吹颪の中、息を呑んで待っていると、やがて日が昇る。
何故か、いつも緊張してしまう。
初日を背に氏神様へ向かい、1年の無事を祈る。
家に帰り、神棚とお仏壇にお参りした後、お屠蘇とお雑煮をいただく。
近年、ずっと好天に恵まれていたが、今年は?

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