mikaさん のお便り

2003.9.28

私の 闘病記録を書いてみます。 だんだん記憶があやしくなってきていますが、

4年前 46歳のとき 初めて発病しました。 (普通は女性ホルモンが さかんな30代の人が多いらしいが。)
その当時 私は ある個人病院の 訪問看護部門の 看護師をしていました。
 
職場で電話中 急に心臓あたりがだんだんしめつけられる感じになり、息苦しく、私は てっきり  あれ?心臓がおかしくなってしまった!
と思いこんでしまったため、すぐ側の 病院の検査室へ 「心電図撮って!」と 飛び込んでいきました。

その結果は、”狭心症” そこの病院には 循環器の先生がいて、 初めての発作は 大事をとったほうが良いと言い、
同じ市内にある 心臓の治療で有名な 総合病院の循環器科にそのまま向かい、 外来で 心エコー をし 入院。
心カテの予定までくんでしまいました。
なんてこった・・・   と 思ったやさき  入院した日の 夜8時過ぎ、

先生が 「これは 狭心症ではなく 気胸だよ それ(ホルター心電図)つけなくていいよ」
私・・・ああよかった 狭心症じゃなくって・・・気胸なら治るし と安心しました。自然気胸と思ったからです。

それで 循環器から 呼吸器外科に転科

次の日 呼吸器外科の先生曰く 
「 あなたの 気胸は たぶん 月経随伴性気胸だと思う・・・」 と説明あり。
初めて聞く病名でした。 そうだとしたらとても珍しい病気とのこと、
(ちょうど生理中。)
今この病気で外来にかかっている患者さんは 私が 二人目という。

0Pとなる
まず 胸空鏡で見て、単純に 肺に穴が開いているなら そのまま胸空鏡でOPが済むが、 横隔膜に穴が開いていたら 続けて 開胸OP の予定でOP開始。

麻酔から目が醒めると なんと息苦しく 痛いこと。
先生の思ったとおり 横隔膜に5個ほど穴が開いており、 2×3cm の部分切除術となった。

それからしばらくして、 横隔膜と肺の間にピシバニールを入れて、癒着療法。
トロッカーの挿入部分の痛みと、創の痛さに 眠れない入院生活でした。

そして 次の生理から 6ヶ月間 ホルモン剤で生理を止めるため 毎月注射に通う。  

再発
という訳で生理を止めていたにもかかわらず、 6ヵ月後 再発
術後 静かにくしゃみをしていたのに、 その時は 大きく 「はくしょーん」 としてしまったのです。
その瞬間  「 あっつ・・・ どこかが ぷつ・・・といった感じ 」 と思ったら、、、 やっぱり でした。

これは何故かは 先生にも解らないと言われ まあとにかく またまた トロッカーにつながれた・・・
この時先生に 今度は右肺全部を癒着させる方法をとるか、 どうするかと聞かれ、 その時でさえ まだ右肺の痛みや 重苦しさが切なかったため 断りました。
2週間ほどで退院。

また続けて 半年生理をとめていましたが、 あまり長く止めてはいけないと  生理が始まったと思ったら、 なんだかおかしいゾ・・・ 下を向くと グニュグニュと 肺が動く感じだ・・・ !
やっぱり まただー   発病から 約1年後です。

今度は トロッカーはしませんでしたが 安静入院。

これで私は決心しました。
呼吸器外科の先生は進めませんでしたが、 

”婦人科のOPをしよう!”   と

もう 47歳だから いらない!  これでは 生活設計も立てられない! と
わたしが希望して卵巣と子宮の摘出術を受けました。
今まで 子宮内膜症とは いわれていませんでしたが、生理の量が多く、大変でしたし、 そのため まんねん貧血でもあったので。

婦人科のOP後 内膜症は 大したことではなかったとのこと、なんと良く解らない病気ですこと。
医療関係者もほとんど知らず、 専門外の医者も知らない珍しい病気です。

今の私は 1年に 一回の定期検診のみで、 すこぶる 元気!

ただし 突然 閉経になったため、骨密度が ドット落ちてしまい、
(OP前は 普通より 20%結果が良かったのに)
もっか、 カルシュウムの補給と 運動 を常に心がけ、やっと骨密度の平均値に追いついてきました。

以上、私の闘病記録です。

私は40も後半でしたので、 OPもできましたが、若い方は気の毒とおもいます。
右脇のOPの創も3年間は痛いと先生が言った通り、右を下にしては苦しくてねられませんでしたが、 もうなんとありません。

まだ ドキドキの毎日のあなた、どうか元気を出してくださいね。
きっと、思い出話の時がきますから。